高齢者に対する剣道有益性検討の方法<大阪医科大学 剣道部誌 第25号> 三好博文

60歳以上の人が週一回何らかの運動をすれば日本の総医療費を10%減少させ得るという報告があります。 ある先生からこの質問をされました。厚生省(現・厚生労働省)の行った単なる試算で、科学的評価に耐えうる内容では無かったというのが本音である。

高齢者に対する剣道の有用性を調べる目的で、剣道を長く続けている50人に対して健康調査をしたとする。 ほとんどが男性で、平均年齢が73歳、痴呆もなく、背筋もまっすぐで骨粗鬆症もない。 心臓や腎臓にもあまり大きな病変もなく、何よりもこの年になるまで剣道を続けているからいたって元気である。

比較対象として外来通院中のこの年齢に近い同数の男性を選ぶ。その結果、剣道郡では統計学的に有意差を持って健康である。だからといって剣道を続けると健康を長く保てるといえるだろうか?
この調査方法を後ろ向き検討といい、日本の臨床研究の主流をなしている。

剣道の有益性を科学的に評価するには比較試験をしなければならない。
「運動をしない」ことを対象として比較しよう。

この研究に於いては対照群に組み込まれると、決まった運動はできないし、剣道郡に組み込まれると週一回は道場に通わなければならない。 これに同意の得られそうな平均60歳の人たちが100人はいるだろうと予想される。 まずこの検討に関する倫理委員会を開催しなければならない。

各分野の有識者が数人集まり各々の意見が交わされ、倫理的に問題がないと判断される。 次に対象となる100人に治験内容、意義、副作用を説明し参加への同意を文章で取り付ける。 同時にイヤになったら何時でも治験を中止してもかまわないという離脱権利があることを説明する。 もし剣道郡に入ったら大変なので剣道郡には入りたくないと言う人はこの治験への参加はできない。 逆に剣道郡にはいるならこの検討に参加したいという人も参加できない。
その後に乱数表を用いて無作為に2郡に振り分ける。このようにほとんどのバイアスのかからない状態で10〜20年間観察すれば科学的に根拠のある検討ができる。 この研究方法は前向き無作為振り分け対照試験といい、欧米における一般的な臨床研究の手法である。

日本のあるグループがお茶の胃癌抑制効果効用を調べる目的で膨大な数の対象を長期間観察した前向き調査の結果を発表した。
「New England Journal of Medicine」というアメリカの超一流雑誌に掲載されたが、お茶をたくさん飲んだところで胃癌発症を抑制することはないというショッキングな内容であった。

不思議なことに日本ではマスコミに取り上げられることもなく、この研究報告を知る医師も少ない。このようにアメリカと日本の学問に対する取り組み方には大きな相違があるように思われる。
前向き検討をする上で手間のかかる作業は、患者同意を取り付けることと、長期観察を要するという2点である。 さらにはこの治験に責任を持つ医師のストレスは計り知れないものがある。
そこで多くの研究者は簡単に結果の出る後ろ向き検討で代用しようとする。
もっと極端な場合、対象との比較すら行っていない数例の臨床経験から奇をてらった内容を吹聴する。かく言う私も、たまたまかもしれない自分自身の経験を礎に、何人かを道場に引き込んだ。

現在アメリカでテニスの骨粗鬆症抑制効果が前向き調査されている。
いつの日かその内容も詳細に報告されるのであろうが、剣道でも同様の治験を組まないのは日本の骨粗鬆症研究者の怠慢である。 女性ホルモンやアレンドロ酸ナトリウムとの比較は高齢者医療を考える上でぜひ必要であろう。

溢れんばかりの熱意と興味をお持ちの先生方、大学卒業後、長く剣道を中断された先生方は ぜひこの治験を準備し参加される事を希望する。しかし私自身は対照群に入りたくないので参加できないことを前もって宣言しておく。
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